わたしは昔から、芸術や哲学、いろんな国の宗教文化を通してピュアな高い理念に触れるのが好きでした。こころが洗われるような、救い出されるような。そういう感動体験を今でもつよ〜く求めています。
感動したらそのまま溢れ出るように周りにシェアするので、(そしてあまりにそういう話が多いので)高校時代は「教祖」と呼ばれることもありました(笑)文字にするとやばいですね〜。
だからシュタイナー教育に出会ったときも、学生の頃からずっと問い続けてきた「人間ってなに?」「芸術や宗教ってなぜあるの?」の答えを得た気がして、すごく感動しました。
ただ、シュタイナー教育に関しては、ピュアな高い理念を感動のままに語っていくのではなく、それをちゃんと生きていこうという気でいます。
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身をもって生きようとすると、必ず現実との相談でそうじゃないもの(雑味)が入ってきます。そして、違うものになっていく。
そう、違うものになっていく!これは、わたしにとってうれしいことです。
「実力不足」や「誤り」「妥協」であったとしても、本来的にうれしいことです。
その理由は、
担任として授業をしていて思うのは、みんなと同じことをやっていてもどうしても滲み出てくるその子らしさがちゃんとあるということ。こんな風にかすかに醸し出されるものこそ「個性」の正体ではないかな〜と思います。
引用元:年賀状20枚手描きという瞑想
同じことに取り組んでも、違うものが生まれてくる。同じ一日を生きていても、わたしとあなたの一日は違ってくる。同じ人生を生きていても、わたしとあなたの人生は全く違う。そうやって世界が豊かになっていく。
わたしは無名の個人として、この大きな流れの一部になることを強く望みます。違うものになっていくことを怖れではなく、喜びとして受け入れていきたいです。
noteやInstagramで誰かの日常に触れるのが好きなのも、世界中でバレットジャーナルが愛用されていることにわくわくするのも、こういうところからきているのでは。
(世界中のみなさん、シェアしてくれてありがとう〜!)
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いまの職場に出会ったとき「なぜシュタイナー学校と名乗らないんですか」と代表に尋ねたら、ひと言で「シュタイナー学校じゃないからです」と返ってきました。
この話をしたときはたしか学校設立から25年目。
当時はただ直感的に「いいな」と思いましたが、こうやってことばにしながらたどってみると、どれだけ深いところからくるひと言であったのかわかります。ただじゃない年数をかけて、ずっと生きて違うものにしてきたんだなぁと。
あの時わたしの中で何が共鳴していたのか、これでようやくはっきりすることができました。あえて選んだこの舞台をこれからもっと楽しみます。
そして、積極的に生きて違うものになっていこうという気持ちの表れとして。キーワードはこれからも透明のままにしておきます。
※高い理念へのリスペクトを保ちつつなので、使わないと不自然なところでは使わせていただきますね。