この間、勤め先のコーチョー先生のすすめでこんな映画を観ました。

音楽家を夢みている、やる気のないアーバン若者教師が、僻地の村の学校へ赴任する。そこで、心から教育を欲する子どもたちと出会い、触れ合い、変わっていく・・・
そんな感じのよくあるストーリーですが、現地の子どもたちやその土地ならではのカルチャー、美しい風景がたくさん出てきて、とても見応えがありました。
まず、子どもたちの目の輝きっぷりがすごい。とにかくかわいい。文明化さていない伝統的な暮らしの中、無垢ということばをそのまま体現したような村の人たちでした。
紙は貴重品だから、一枚一枚大切にする。黒板というものを知らないから、先生に教わって手作りする。ないものだらけの中、若者先生が教材とギターだけはなんとか実家から取り寄せて、授業をする。
うちの学校も「チラシの裏」活用しまくり系なので(笑)妙に重ね合わせて見てしまいました。
教育というスピリチュアルなお仕事
村人たちの、教育への大いなる期待。村長による丁重なおもてなし。そんなこんなを見ていると、あぁ、教育って本来は宗教と同じように精神的なものなんだよなぁって思い出します。
シュタイナーも、精神のやりとりが際立つ人という意味で、教師は教会の牧師と同じような位置づけにあると語っていたことがありました。
なるほど、自然に生きている人は、そういうことがよくわかるのですね。
確かに、自分の仕事を振り返ってみると、お祈りの言葉や、詩や、お話や、歌をたくさん覚えることが多くを占めています。それをするときは、ずっと高いものに仕えているような感覚があります。
だから聖人君子のように振る舞おうって話ではなく。ちゃんと人となりをにじませた状態で、それができたらいいなと思います。
わたしは教育に興味がないのに、なぜこんな仕事をしているんだろう。
たびたび自問自答するのですが、それは、宗教や芸術に通じる精神的な部分が教育にはたくさんあるからではないでしょうか。(高校時代は出家とか修道院暮らしとかに憧れてた人)
「わたしがこの仕事に至ったわけ」をまとめると、こうなります。
未来志向
インディペンデンス
芸術活動
人間愛
贈与で成り立つコミュニティ
こうやって並べたててみると、水瓶座感がはんぱないですね〜。ここさえわかっていれば、もう職業はなんだっていいやって気がします。